「バカやろう、余計なこと済んじゃねえ!」
2000年4月、請負社員としてキャノンに出勤した初日、
大野は正社員にいきなり怒鳴られた。
仕事の手順がわからず、手持無沙汰だったから、
床掃除でもしようかとモップを持ち出したところを見とがめられたのだ。
「いいか、ここでやってるのはすごく精密な仕事なんだ。
お前がそのモップで電源コードの1つでも抜いてみろ、
全部パーだ。掃除の仕方は後で教えるから、今日は黙って見てろ」
この日から徒弟制度を絵に描いたような特訓が始まった。
「つばが飛ぶからレンズの上で話をするな」
「レンズに傷がつく。腕時計は外してこい」
言いつけを破ると、工場の隅で説教された。
今にして思えば明々白々の偽装請負状態である。
だが、大野らにとって、そんなことはどうでも良かった
楽な仕事ではなかったが、自分たちを正社員と同じにあつかい
教育してくれるキャノンを大野は「すごくいい会社だと思った。」
レンズの研磨はデリケートな作業である。
研磨する時の温度は100分の1度の単位で管理しなくてはならない。
研磨剤の濃度やかける量、タイミングも状況に応じてかわる。
完璧に磨いたレンズを流し台で洗う時、
コツンとぶつけたら2000万円が水の泡だ。
検査工程も機械任せにできない。
1つのレンズを10台の測定器で計算すれば10通りの
結果が出るという。
測定器の誤差か、セットの仕方が悪いのか、
それとも本当にレンズが悪いのか。見極めるには経験が要る。
厳しい指導の下で、大野たちはそんな技能を着実に見につけていった。
それは、かつて日本の現場のどこにでもあった「伝承」の風景だ。
たた1つ違うのは、大野等が正社員ではないと言うことだった。
キャノンのベテラン正社員に鍛えられた大野たちは、
そのノウハウを新入りの正社員にも教えた。
「ちょっと気分がいいじゃないですか。俺らが正社員に教えるなんて」
法的には問題だらけだが、一体感と言う意味では文句の無い職場だった。
