機長死亡、二審も労災否定/豪雨時に運航、脳出血発症

2000年の東海豪雨当日、名古屋発着4便のフライトをこなし、

 

飛行中に脳出血を発症し死亡した全日空機長=当時(53)=の遺族が、

 

労災と認めなかった大田労働基準監督署(東京)の処分取り消しを求めた

 

訴訟の控訴審判決で、東京高裁は24日、請求を退けた一審判決を支持、

 

遺族側の控訴を棄却した。

 

原田敏章裁判長は死亡前6カ月の業務内容について

 

「症状を著しく増悪させるほど過重とは認められない」と判断。

 

遺族側の「悪天候の名古屋周辺の操縦で緊張を強いられた」との訴えにも

 

「当時の気象状況は運航条件を満たし、操縦に困難を感じるほどではなかった」

 

と退けた。

 

判決によると、機長は2000年9月11日、

 

仙台−名古屋−青森−名古屋−佐賀と4便に乗務。

 

最後の佐賀空港着陸直前に意識を失い、8日後に亡くなった。

 

佐賀空港には副操縦士の操縦で無事着陸した。

 

東海地方では12日にかけての集中豪雨で10人の死者が出た。

 

機長の遺族の労災申請に、労基署は02年、業務との因果関係を認めず、

 

不支給処分とした。

 

独立行政法人 労働政策研究・研修機構より