西塔社会保険労務士事務所のご案内

【事務所名】
西塔社会保険労務士事務所


【設立】
1987年(S62年)12月


【代表】
23年度写真.jpg

労務管理110番代表
西塔 秀幸(サイトウ ヒデユキ)

【プロフィール】
1943年(S18年)
福岡県八幡市(現北九州市)の八幡製鉄所付属病院で生まれる。
病院が壊れるのではないかと思われるほどの
大きな産声を上げたそうです(母より)

1956年(S31年)
小学校卒業。思い出はよく
廊下に立たされたこと・・・ 
小学校時代の小遣いは5円でした。

1959年(S34年)
中学校時代、授業開始前・昼休み・放課後、
ソフトボールに熱中。軟式野球部に入部を勧められ、
調子にのって入部。でも体は硬く、足は早くなく、
「レギュラーにはなれない」と判断し、1年で退部

1962年(S37年)
福岡県立東筑高等学校卒業
(先輩に、高倉健・仰木彬がいます)


1967年(S42年)
山口大学経済学部卒業 
茶道部(1年の夏合宿まで)、演劇部(キャストは2回のみ)
に所属。文化会活動に注力し、あまり講義に出ませんでした。

先輩に、大学は高校とは違って、試験は山をかけて、
山がはずれたら「本題はさておき・・・について述べる」として
自分の山をかけた部分をかけたところを書けば
単位をくれると指導を受けたので、それを真に受けたら、
そうは問屋が降ろしませんでした。

何とか4年で卒業できたものの、優の数が圧倒的に少なく、
思い通りの会社には就職できませんでした。
が、おかげさまで、つれあいと知り合う機会を得て、
今の私があります。

1967年
株式会社緑屋(現クレヴィセゾン)入社
10年在籍。新入社員(池袋店)の頃は、
担当地区を自転車で月賦の集金に走り回る。
集金の回収率が成績が悪かったとき、

上司に
「何で悪いのだ」と言われ、
「私はこの区域、誰が受け持っても負けないくらい自信があります。
 どこをどのようにしたら、今より成績が良くなるか教えて下さい。」

と言ったところ、「オレはお前でないからわからない」と言われ、
あなたの仕事(課長)は、いい仕事ですね。私と入れかわりませんか。」
と応える。

   
上司から何も反応はありませんでした。ちなみに数年後、
彼をわたしが監査で指導する立場になりました。

その後、店で、時計貴金属担当(北千住店)となり、
この店でつれあいと出会う。 

労働組合支部書記長に推され、その後本社監査室配属。
全店(42店)を監査で回る、監査の中で
「事務課用の様式とその書き方」
「実地の棚卸しの手引」の作成にたずさわる。

今思えば、このとき、社会保険労務士の業務を理解できた
と考えています。

1970年(S45年) 
結婚 2児(女の子)に恵まれる。

1977年 (S52年) 
つれあいの実家へ。
良い経営者に恵まれず10年間数社を渡り歩き、
このような状態を繰り返してもダメだと考え、
国家試験 社会保険労務士の勉強を始め、運よく合格。
すぐに(12月1日)開業。

1987年12月 
西塔社会保険労務士事務所開業
「中小企業を官の不当な仕打ちから守る」姿勢
をポリシーとしています。又、
正確・迅速なサービスとニュースレター「鵜の目鷹の目」
を通じてタイムリーな情報を発信し続けています。



【住所】
〒990-0406 
山形県東村山郡中山町柳沢375-2     
TEL 023-662-5465
FAX 023-662-6465
e-mail saito@soumubu.net


【スタッフ】 6名


【提携先】
安孫子会計事務所  旭会計事務所
鈴木司法書士事務所 外塚・高橋合同法律事務所


【創業秘話】
  1987年11月 代表の西塔、社会保険労務士の
  国家試験の合格を知ってすぐに開業準備。
  (毎月、月初めしか登録できないということで)
  営業用の業務案内の作成にとりかかる。
  12月1日 無事開業。すぐに準備していた業務案内を郵送。
  近くの会社へは開業あいさつ回り。

  遅れましたが、計画性のない西塔はまったく
  準備なしの開業だったので、
  金なし、お客なし、コネなしのないないづくしのスタート。
  あったのは電話(これも家庭用と兼用)のみ。
  ポケベルを買い持ち歩く。

  その後、コネなしといいながら、
  スーパーを経営しているつれあいの
  小・中・高の同級生に開業のあいさつに行ったら
  「ちょうどよかった。社会保険に加入しようと思っていた」
  ということで、初めての顧問契約。

  それから、これもつれあいの親戚の
  税理士さんから新規適用の仕事の紹介。
  業務案内を郵送していた先から
  「社会保険に入りたい。」との電話がありました。
  そんな調子で1年目に6社、顧問契約を結ぶことができました。

  そんなあるとき、当時の山形県社会保険労務士会、
  山形支部の支部長より、

  「無差別に営業のDMは出していけないことになっている。」と
  クレームをつけられる。

  私は「そんな文書があるなら見せてください。」と
  言うがないと言う。

  苦しませられ「俺の所には行くな。DMを出すな。」と言われ、
  私は「あなたの客は一人もどこにいるか知りません。
  DM出して欲しくないならばあなたのお客の名簿下さい。」と
  応え、一件落着。

  その後も数人の社会保険労務士から、
  いちゃもんをつけられる。

  あるときは、当時山形県社会保険労務士会会長から、
  助成金のDMの中の「返済の必要ない」を削ってくれとの注文。
  私の返答は広辞苑の「返済」のところを
  拡大コピーしてファックス。

  まさか、同業の偉い人にこんなにされるとは
  夢にも思っていませんでした。
  その為、それから私は会の主催する行事には
  一切参加していません。

  でもいい出会いもありました。
  一つは、山形県中小企業家同友会を
  開業のあいさつ周りで知ったことです。

  会の理念は
  1・@良い会社を作ろう
    A良い経営者になろう
    B良い経営環境を作ろう
  2・自主・民主・連帯
  3・国民や地域と共に歩む
  4・働いている社員をもっとも頼りがいのある
    パートナーとして位置づける。
  特に、労働者の私は

  「働いている社員はもっとも頼りがいのある
   パートナーとして位置づける」に感銘を受けました。

  同友会の活動に参加する中で、
  中小企業は生産力の60%、流通で80%の役割を担い、
  就業人口の80%近くが中小企業で働いているのを知り、
  大企業志向の強かった私は反省させられると同時に、
  私の活躍の場が出来たと喜んでいます。

  それでも入会時はまだ、会費の5,000円は大変な負担でした。
  が、おかげさまで、今では事務所(30坪)セミナールーム(30坪)
  を自前で持つまでに成長できました。

  第2の出会いは、
  「ランチェスター経営」の竹田陽一さんの著書
  「一枚のハガキで売上げを伸ばす法」です。
  竹田さんがわたしの故郷、福岡県人であることを知り、
  親しみも覚え、この本の教えに従って、・訪問した時・
  入金していただいた時・お客様が新聞等に取り上げられた時・
  紹介していただいた時・訪問していただいた時 等々、
  ハガキを出す口実を見つけて、
  毎月5通以上を目標に書き続けました。

  おかげさまで今ではその竹田さんから、
  竹田さんの著書「小さな会社は1通の感謝コミで儲けなさい」で
  「お客ゼロから地元トップの社労士」と
  紹介されるまでに成長することができました。

  その後、全日本労働問題研究会、
  社労士ネットワーク、顧客獲得実践会(休会中)に出会い、
  多くの学びを得、実践を重ねています。


【経営理念】
1・お客様第一主義とし、性格、迅速
  親身なサービスと、より良い情報を
  提供することにより、お客様の発展に
  貢献します。

2・「ここで働いてよかったな」と感じられる
  事務所を作ります。

3・日々革新、創意と工夫で知識の習得、
  情報の収集に努め、目標達成に向かって
  限りない挑戦を続けます。